社長コラム

藍綬褒章を受章しました

Vol.105 2008年(平成20年)12月号

平成20年秋の叙勲・褒章で狭山商工会議所小高弘安会頭が旭日小綬章の栄に浴され、褒賞として紅綬褒章を島崎勝氏、黄綬褒章を笠原和夫氏、狭山市内から4人目として私が藍綬褒章を受章させて頂きました。今回の受章は税理士としての役員功労が認められたものですが、私としては、ケーブルテレビ事業を通じて地域発展を考えてきたことも幾分加味していただいたものと大変光栄に感じ多くの方々に感謝しています。

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地域活性化と情報公開

Vol.104 2008年(平成20年)11月号

10月10日に熊本で開催された「公開研究討論会」(日本税理士会連合会主催)に参加してきました。第三部のテーマは「税理士の視点から、地方再生・活性化を考える」でした。さすがに1年以上の研究期間をかけた発表で大変参考になりました。
第1編が財政健全化・公会計改革、第2編が地方分権改革、第3編が地方自治・地方税制の変遷とその問題点、第4編が新しい地方税、第5編が経済特区による地方活性化でした。

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ケーブル・パーク開設する

Vol.103 2008年(平成20年)10月号

ケーブルテレビ事業を地元の資本だけで設立して16年が経過しました。設立が平成4年7月23日で、アナログ放送が終了してデジタル放送に完全移行するのが3年後の平成23年(2011年)7月24日です。

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インターネットの普及を目指して

Vol.102 2008年(平成20年)9月号

多くの人にインターネットの便利さを知ってもらいたい。
私は、昭和38年4月に日立製作所本社に入社しました。まだ電卓もない時代でした。
事務用の電子計算機が使われ始めたのは昭和40年以降だったと記憶しています。その当時電子計算機は想像を超えた大きさで、予約してわずかな時間だけ利用することが許される貴重品でした。私の歴史は、コンピュータと共に歩んできたような気がします。

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社会貢献を目指して

Vol.101 2008年(平成20年)8月号

個人事業を含めた中小零細企業は419万事業所を数えます。20年前は532万事業所でした。最近は、毎年29万事業所が廃業・倒産に追い込まれ企業減少傾向が止まりません。
特に地方での減少が大きく商店街の活気が見られないのが残念でなりません。平成4年7月(1992年)に狭山ケーブルテレビの創立を決意したのは『地域経済の活性化』です。

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映像文化発信基地

Vol.100 2008年(平成20年)7月号

大都市は地下鉄をはじめ公共交通機関が益々便利になり自動車不要の時代となりました。車がステータスであった時代は過去のものとなり若者は運転免許さえ欲しがりません。
ガソリン価格はマネーゲームも影響して高騰を続け、地球温暖化防止の掛け声にも押され自家用車離れは流行にさえなりつつあります。
 

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インターネットの便利さを体験しよう

Vol.99 2008年(平成20年)6月号

「喰わず嫌い」を継続しているうちに一生が終わってしまうかも知れません。昭和28年にテレビ放送が始まって昭和30年後半にはほとんどの家庭でテレビが視られるようになりました。
日本のインターネットは、平成10年に利用者が1千万人を超え、昨年のインターネット白書では8,226万人までになっています。

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キャンペーンの展開

Vol.98 2008年(平成20年)5月号

桜が咲き、入学式で賑わい、ツバメが飛来して狭山茶の香りが漂う季節となりました。
狭山市駅西口の再開発工事も槌音高く本格化して、ステーションビルの店舗も閉鎖され新しい狭山市構築の息吹が感じられるこの頃です。

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情報先進市「狭山市」を目指して

Vol.97 2008年(平成20年)4月号

「自分の背中と東京を見ないで亡くなった人が沢山いたよ」明治生まれの父が話していました。狭山に電車が開通したのは川越鉄道が開通した明治28年(1895年)3月21日で、今から113年前でした。入間川馬車鉄道が開通したのは1901年5月10日で、狭山市役所のホームページから「インターネット版・昔の写真展」を見ると明治時代からの狭山市の成り立ちが懐かしく視る事ができます。

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保守管理体制の整備

Vol.96 2008年(平成20年)3月号

今年は雪の多い冬でした。ケーブルテレビにとって雪と雷は難敵です。電線に雪が積もると想像以上の負荷が掛かります。雷の高電圧は屋外に配線し電気を利用して増幅しケーブルを監視している施設に大きなダメージを与えます。
 

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