私は青年会議所活動を通じて奉仕・友情・訓練の基礎を築くことができました。
昭和49年に所沢青年会議所に入会して、入間青年会議所の創立に参加して移籍、日本青年会議所で全国的なレベルで訓練を受ける機会を2年間経験しました。その後、狭山青年会議所の創立に奔走して初代理事長も経験しました。
ツバメの鳴き声が聞こえ、八十八夜が来ると本格的な狭山茶の季節です。これでやっと花粉症ともお別れができそうで、希望に満ちた初夏がやってきました。
一方、中国の反日感情のデモは私たちには信じられないことです。国旗を燃やしたり、日本料理店などに投石している映像は残念でなりません。戦後60年を経過して戦争を体験した国民は75歳以上になっているはずです。
狭山ケーブルテレビの視聴者は42,000世帯に達して狭山市全世帯の80%を超えています。地域のメディアは大きな財産です。16万人の狭山市民で一つの放送局を保有することが何よりも重要なことです。平成4年7月の設立から13年、平成7年4月の放送開始から10年を経過します。純粋に民間の資金(狭山市の出資金1千万円を除き)と努力によって維持発展をしてきました。
住民投票の結果を受けて、入間市との合併が白紙になりました。これは狭山市の住民にとっても新しい覚悟を決めたスタートであります。
市長にしても、市議会議員にしても、市の職員も、住民も一丸になって新しい都市造りを考えなければなりません。今のままでは将来破綻をせざるを得ない状況であることは明白です。
日本では「e-Japan重点計画」で、「五年以内に世界最先端のIT国家を目指す」事を掲げました。そして今年がその目標年度です。
インターネットの利用者は、2003年末に全国民の60%を超え、2004年末では80%の国民が利用していると言われています。「あなた」は該当するでしょうか。
希望に満ちた新年をお迎えのことと思います。
狭山ケーブルテレビも設立から13年、開局10年になります。やっと、一人前の会社になりつつあります。我慢強く支えていただいている株主の皆様、ご愛顧いただいている視聴者の皆様のおかげであります。心より深く感謝申し上げます。
人にはそれぞれその人が誕生した使命があるような気がします。私の誕生は昭和19年で、日本が翌年の敗戦でゼロになってしまったときでした。食べ物も着るものも不足で、兄弟だけが多くて生存競争の激しい毎日でありました。でも両親や学校の先生からの愛情は豊かであり精神的に充実した少年時代をすごして成長した様な気がします。
今年の中国の経済成長率は9.4%が見込まれています。2003年は9.1%でした。2005年も8%以上の成長が予想されています。日本の昭和40年代の経済成長率をしのぐ勢いです。
広州、東莞、深せん、桂林、上海に行ってきました。驚くばかりです。数年おきに訪問しているのですが、その度に街並みが変わるほどの発展で夢を見ているような気分です。
近鉄・バッファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併が選手を含め論議を呼びました。UFJと東京三菱の銀行合併もあり、最近合併や買収 (M&A) の話題が多くなっています。
MはMergerの頭文字で、AはAcquisitionの頭文字で、読み方はマージャー&アクイジションと言い、通常は エム アンド エー と略称されています。
今月は個人的なことで大変申し訳ありません。これからの意気込みを聞いてください。
(小学校入学まで) 先月8月10日に還暦を迎えました。干支が一回りして、赤ちゃんに戻るということだそうです。誕生した昭和19年は、太平洋戦争が日本の敗戦に終わる1年前でした。子どものころ何にもなかった記憶があります。父は満州に出征中で、復員するまで顔も見られない状況の中でありました。その後、弟が3人生まれ兄弟姉妹は9人の大家族になりました。昭和26年入間村立入間小学校(現在の狭山市南入曽)に入学した時は木造の校舎で校庭の砂場の脇にケヤキの木が1本ありました。